BioSupercomputing Newsletter Vol.1

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SPECIAL INTERVIEW
ライフサイエンス研究分野の未来を切り拓くバイオスーパーコンピューティング

生命現象の本質に迫る革新的なアプローチ
バイオスーパーコンピューティングによる
挑戦が始まる

世界最先端・最高性能の次世代スーパーコンピュータの研究開発と同時に、この次世代スーパーコンピュータの優れた性能を最大限利活用するアプリケーションソフトウェアの開発も着々と進んでいる。理化学研究所は、次世代スーパーコンピュータ・プロジェクトのグランドチャレンジアプリケーション開発におけるライフサイエンス分野の研究開発拠点として、「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」を担い、新たな学問領域となる「バイオスーパーコンピューティング」を提唱し、多くの研究者とともにこれを推進している。「バイオスーパーコンピューティング」によって、生命科学の世界はどのように発展し、進化していくのか、姫野副プログラムディレクターにお話をうかがった。

姫野 龍太郎

次世代計算科学研究開発プログラム
副プログラムディレクター
姫野 龍太郎

これまでライフサイエンス分野において、スーパーコンピュータを必要とする研究は限られた領域でしか行われていませんでした。しかし、例えばタンパク質のさまざまな変化や血液の循環などに関して、スーパーコンピュータによる非常に高度なシミュレーションが可能になりつつあります。一方で、この10年ほどの間に実験装置の性能は飛躍的に向上し、その膨大な実験データの解析には、より大きな計算機資源と優れたソフトウェアが求められるようになっています。こうした領域では、高度な計算能力を持つ次世代スーパーコンピュータを活用することによって、より高い成果が得られるはずです。さらに、私たちはこの次世代スーパーコンピュータ・プロジェクトを機会に、ライフサイエンス分野でこれまでスーパーコンピュータを必要としてこなかった領域にも裾野を広げ、新しい種をまきたいと考えています。

生命現象の本質に迫る革新的なアプローチバイオスーパーコンピューティングによる挑戦が始まる

一般に研究者は、ひとつの現象に対して先端的に細かく鋭く迫っていく傾向があります。ライフサイエンスでも、タンパク質や遺伝子を追いかけるというように、これまで生命現象の一つ一つの要素に着目して、そのメカニズムを解明していく方向に進化してきました。ただ、それだけでは生命現象を明らかにすることはできません。例えば、原子や分子の動きは基本的に物理法則に従っています。これらは量子化学や分子動力学の方程式によって完璧に記述することができるはずです。しかし、細胞のなかの現象になると、非常に複雑にたくさんの分子が関係していて、しかも細胞内の場所によって同時に違う反応が起きたりするので、一筋縄ではいきません。私たちが生命現象と呼んでいるのは、個々の細かい反応や要素ではなく、細胞が分裂して新しい組織や臓器をつくったり、必要な機能を果たしている現象です。それが生命です。ジグソーパズルのピースをただ並べるだけでは生命の絵は完成しません。全体を眺め渡し、階層を超えてそれぞれの要素を統合しながらピースをつないでいくアプローチが必要だと思うのです。要素分析から生命体の包括的な理解へ、しかもそれは経験的なモデルではなく、不変性のある法則に基づいたモデル化によって、今、私たちはそうした新しい取り組みにチャレンジしています。

このプロジェクトでは、自分たちが一生懸命に取り組んで見いだしたピースを持ち寄って、他のピースとつないでいく、そうした出会いの場を提供していきたいのです。例えば、これまで分子生物学者と医療現場の医師が出会い、ディスカッションする機会はほとんどありませんでした。それぞれの階層で、それぞれの研究を深めていったがゆえに、逆にアイソレート(分離)していた、そんな人たちにひとつの大きなテーブルに集まってもらい、そこから新たな発見や新しい方法論の創出へとつなげていきたいと思っています。その大きなテーブルを、私たちは「バイオスーパーコンピューティング」と名付けました。「バイオスーパーコンピューティング」というアイデンティティーのもとに幅広い人たちに集まってもらい、「自分たちは同じ場所にいるんだ」という認識を深めてもらうことで、これまで無かった新しい分野を共に開拓し、発展させていきたいのです。こうしたことを実現するにはライフサイエンス分野の研究者だけでは難しいのは言うまでもありません。コンピュータサイエンス分野の研究者ともコラボレーションしなければ実現しない世界です。さらに、もっと広い分野、例えば天文や素粒子研究などをやっている人たちにも参加してもらい、生命現象の階層を数学レベルでうまくつないで、新しい方向に牽引してもらえたら素晴らしいと思います。

今日のライフサイエンス分野で世界的に共通したキーワードが2つあります。それは「マルチスケール」と「統合」です。ミクロスケールからマクロスケールまでを橋渡しして、これらを結び付けるマルチスケール手法、そのために複数のスケールに分かれているものを互いのスケールでモデル化し、それを組み込むことで統合化していく、そうした方向性は世界共通です。しかし例えば脳科学のように、人体の一部分で複数のスケールを統合的に取り扱うシミュレーション研究はあっても、生体内で起こる分子から全身までのさまざまな現象をすべて統合できるように取り組んでいる、我々の「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」は世界でも類のない初めての試みです。

生命現象の本質に迫る革新的なアプローチバイオスーパーコンピューティングによる挑戦が始まる

これは非常に難しいチャレンジです。生命はあまりに複雑で多様だからです。本当は、生命現象のどれかひとつに焦点を当ててプロジェクトを推進した方が、サイエンティフィックにインパクトのある結果は出しやすいでしょう。しかし、このプログラムがねらいとしているのは、そのような目先の結果だけではありません。次世代スーパーコンピュータの開発プロジェクトは、この先まだまだ進んでいくものであり、ライフサイエンス研究もここで終わってしまうのではなく、その先へと引き継がれていくはずです。今ここで特殊なものに特化したモデルをつくってしまうと、普遍性が失われ、そこから先の発展性がなくなってしまいます。そのため、今は分子スケール、細胞スケールなど6つのチームがいくつものソフトウェアといくつもの課題に並行的に挑戦し、ばらばらな目的に向かって進んでいるように見えるかもしれませんが、それは十分にデータが揃っていて、今すぐにモデル開発ができ、シミュレーションできるものから取り組んでいるからに過ぎません。近い将来、他のデータが揃ったときに、いろいろなスケールの研究開発チームが協力して、それぞれの成果を応用して取り組み、生命現象を包括的に理解することができる、そうしたものに仕上がっていくのだと思います。そのためには日本だけでなくワールドワイドで協力し合い、標準化できるソフトウェアを海外からも取り入れながら、人類全体の資産として蓄積していくことが重要だと考えています。

BioSupercomputing Newsletter Vol.1

ご挨拶
次世代計算科学研究開発プログラム プログラムディレクター 茅 幸二
SPECIAL INTERVIEW
生命現象の本質に迫る革新的なアプローチ バイオスーパーコンピューティングによる挑戦が始まる
次世代計算科学研究開発プログラム 副プログラムディレクター 姫野 龍太郎
LEADER’S TALK
生命活動の基礎となる生体高分子が担う機能をシミュレーションによってとらえる
分子スケール研究開発チーム チームリーダー  木寺 詔紀
三次元的に人体の全身モデルを構築して生体内で起こる現象を理解し、医療に役立てる
臓器全身スケール研究開発チーム チームリーダー  高木 周
第4の方法論「データ解析融合」によってバイオロジーを予測可能な科学へと導く
データ解析融合研究開発チーム チームリーダー  宮野
研究報告
レプリカ交換分子動力学法によるアミロイド前駆体蛋白質の膜貫通部位の二量体構造予測
分子スケール研究開発チーム 宮下 尚之 /理化学研究所 基幹研究所 杉田 有治
重粒子線治療シミュレーション
臓器全身スケール研究開発チーム 石川 顕一
ゲノムワイド関連解析と遺伝的、非遺伝的要因による治療予後予測の展望
理化学研究所ゲノム医科学研究センター 鎌谷 直之
ペタスケールコンピューティングを支える基盤技術
生命体基盤ソフトウェア開発・高度化チーム  小野 謙二 / 伊東 聰 / 渡邉 大介
参画機関map /研究開発体制
ワークショップ報告
VPHとのジョイントワークショップを開催
ロゴマークについて/イベント情報/表紙写真について