BioSupercomputing Newsletter Vol.4

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研究報告
臓器全身スケールWG
強力集束超音波による低侵襲治療のためのHIFUシミュレータの開発

沖田 浩平

理化学研究所 VCADシステム研究プログラム
沖田 浩平

 超音波という耳で聞くことができない音を使って、目に見えない体の中を調べることができる超音波画像診断装置が医療の現場で広く用いられています。 この超音波画像診断装置で用いられる超音波よりも強力な超音波を腫瘍等のターゲットに集束させ、加熱によって組織を壊死させる治療法があり、HIFU(High Intensity Focused Ultrasound:ハイフ)と呼ばれています。 HIFUの一番の特徴は、切開することなく治療できることで、体への負担が少ないという大きな利点があります。 このHIFUを用いた治療装置による子宮筋腫や前立腺肥大の治療は既に海外で認可されており、肝腫瘍等に対する治療においても認可に向けた臨床試験が実施されていますが、いくつかの問題点が残っています。 例えば、体表から深いところにある肝腫瘍の治療の場合、HIFU装置から発信された超音波は、皮膚から脂肪、筋肉、骨、肝臓といった臓器を伝わって焦点に集束します(図1右)。 このとき、超音波が各臓器を過ぎる間に吸収されて減衰したり、超音波が屈折して曲がったり、一部が反射したりということが起こります。 このため、体表から深いところにある腫瘍をHIFUで治療する場合には、超音波の減衰によってターゲットを加熱するのに必要なエネルギーが足りなかったり、 超音波の反射や屈折によって焦点がぼやけたり、焦点位置がターゲットから外れたりという問題が生じます。そこで、超音波がターゲットに集束するようにHIFU装置を制御するために体の中をどのように超音波が伝播しているかを知る必要があり、CTやMRIで得られる生体情報を利用して、生体中の超音波の伝播挙動をシミュレーションによって再現しようとしています[1]。
 これまでに、図1のような肝腫瘍に対するHIFU治療に対するシミュレーションの結果が得られています[2]。 HIFU装置から発信された超音波が図2のように複雑に伝播して、ターゲットより手前に超音波が集束していることがわかります。 この場合には治療したい腫瘍がある部分ではなく、正常な部分が加熱されてしまいます。 そこで、発信する超音波を制御して超音波をターゲットに集束させるために、時間反転法[3]という方法を用います。 時間反転法は、ターゲットとなる点に配置した音源から超音波を発信し、その超音波をHIFU装置で受信、受信した信号を時間反転して発信するという方法です。 この時間反転法によってHIFU装置を制御してシミュレーションした結果が図3で、超音波がターゲットに適切に集束していることがわかります。このように生体中を複雑に伝播する場合にも、HIFU装置を制御することで体の深いところにある腫瘍をより精度良く治療できることが期待できます。 現実には、ターゲットである体の深い部分に音源を置くことが難しいため、 HIFU装置の制御パラメータをシミュレーションによって予め求めておくことで、時間反転法を利用した高精度なHIFU治療を行うことが可能になります。 したがって、精度の高いHIFUシミュレーションが求められるため、実験との比較によるシミュレーション結果の検証とより高度な物理モデルの導入によってHIFUシミュレータの精度をさらに高めていく予定です。 そして、高精度で低侵襲なHIFU治療の近い将来の実現に向けて、HIFU装置の設計および制御から認可に向けた臨床試験、術前の治療計画の検討等にHIFUシミュレータを用いて貢献していきたいと考えています。

図1:PPI予測に基づくタンパク質相互作用ネットワーク推定
図1:数値人体モデルを用いた肝腫瘍に対するHIFUシミュレーション
   右図は超音波の伝播経路に存在する組織の分布

図1:PPI予測に基づくタンパク質相互作用ネットワーク推定
図2:HIFU装置の制御を行わない場合の超音波伝播の様子(左)と焦点の位置(右)

図1:PPI予測に基づくタンパク質相互作用ネットワーク推定
図3:時間反転法によるHIFU装置の制御を行った場合の超音波伝播の様子(左)と焦点の位置(右)

参考文献
1. Okita K., Ono K., Takagi S., Matsumoto Y., “Development of High Intensity Focused Ultrasound Simulator for Large Scale Computing”, Int. J. Numer. Meth. Fluids , Vol.65, pp.43-66, 2011.
2. Okita K., Ono K., Takagi S., Matsumoto Y., “Numerical Simulation of the Tissue Ablation in High Intensity Focused Ultrasound Therapy with Array Transducer”, Int. J. Numer. Meth. Fluids, Vol.64, pp.1395-1411, 2010.
3. Fink M., Montaldo G, Tanter M., “Time-reversal acoustics in biomedical engineering”, Annu. Rev. biomed. Eng., Vol.5, pp.456-497, 2003.

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SPECIAL INTERVIEW
経験重視の観察型医療から予測型医療への転換を図り、理論医学の基盤を構築するために
東海大学医学部内科学系(循環器内科)教授
東海大学医学研究科バイオ研究医療センター代謝疾患研究センター長
東海大学総合医学研究所代謝システム医学部門長 後藤 信哉
シミュレーション科学の活用で栄養学や健康管理の新たな可能性が拓かれることに期待
味の素株式会社 ヘルスインフォマティクス班
グループ・エクゼクティブ・プロフェッショナル員 安東 敏彦
研究報告
多剤排出トランスポーターの機能を粗視化分子シミュレーションで実証(分子スケールWG)
京都大学理学研究科 高田 彰二/姚 新秋/検崎 博生
時空間を考慮した細胞シミュレーション(細胞スケールWG)
理化学研究所 次世代計算科学研究開発プログラム 須永泰弘
強力集束超音波による低侵襲治療のためのHIFUシミュレータの開発(臓器全身スケールWG)
理化学研究所 VCADシステム研究プログラム 沖田 浩平
大規模数理モデル構築を目的とした共有モデル開発プラットフォーム:PLATO(脳神経系WG)
①理化学研究所 次世代計算科学研究開発プログラム
②理化学研究所 脳科学総合研究センター
稲垣 圭一郎 ①/観音 隆幸 ②/ Nilton L. Kamiji ②/槇村 浩司 ②/臼井 支朗 ①②
報告
BMB2010(第33回日本分子生物学会年会 第83回日本生化学会大会、合同大会)におけるワークショップ開催報告
生命体統合シミュレーション ウィンタースクール2011
理化学研究所 次世代計算科学研究開発プログラム 石峯 康浩(臓器全身スケールWG)
東京大学医科学研究所 浦久保 秀俊(脳神経系WG)
理化学研究所 次世代計算科学研究開発プログラム 須永 泰弘(細胞スケールWG)
理化学研究所 次世代計算科学研究開発プログラム 舛本 現(開発・高度化T)
理化学研究所 次世代計算科学研究開発プログラム 三沢 計治(データ解析WG)
理化学研究所 次世代計算科学研究開発プログラム 宮下 尚之(分子スケールWG)
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