理化学研究所 次世代計算科学研究開発プログラム
須永 泰弘
生物はすべて細胞という単位から構成されています。地球上には大腸菌のような単細胞生物から人間のような多細胞生物まで1000万種類以上の生物が存在しており、それぞれの生存に最適な状況になるように細胞の機能や形状は異なっています。
しかし生物の基本的な細胞機能の仕組みには共通な部分が非常に多いことも知られています。
細胞は非常に複雑かつコンパクトな構造体であり、内部ではオルガネラと呼ばれるコンパートメントごとに様々な生化学反応が活発に行われています。
これによって物質や反応を区分し、効率的に様々な生命活動をおこなっています。
これまで、生物の仕組みを理解し、疾患の治療法探索のために、細胞の集合体である臓器をすりつぶし、細胞を無視した研究が多くなされてきました。
細胞内では生化学反応(代謝)やシグナル伝達などの複雑な現象によって生命が維持されています。
この生化学反応の再現のために多くのシミュレーターが開発され、細胞内の代謝やシグナル伝達を再現することが可能となりました。
しかし、これらのシミュレーターは無次元化した領域の計算であり、細胞内をいわば閉じた袋の中で均一に行われる化学反応を再現するものです。
実際の細胞の中では、オルガネラ毎に生化学反応が異なり、細胞内の物質の移動、細胞の裏表、細胞内外との物質の出入により細胞の中が不均一な反応をしています。
私達細胞スケール研究開発チームはこれらのことに着目し、細胞内の時空間シミュレーションの実現を目指した細胞シミュレーション統合プラットフォーム(RICS)を開発しています。
本システムは、細胞内の生化学反応と物質拡散の連成解析を反応拡散方程式で定式化しました.本システムは空間表現に、理化学研究所のVCADシステム研究プログラムで開発されたボクセル解析フレームワークを用いており、細胞内の複雑な空間構造を表現出来るシミュレーションシステムです。
作成したシステムを用いて実際の顕微鏡データから得た細胞形状を用い、内部でのカルシウムイオン(Ca2+)の移動、反応、膜輸送担体をシミュレーションしました。
細胞形状はヒト肝臓由来細胞であるHepG2細胞株を用い共焦点レーザー顕微鏡を使用して細胞形状および核とミトコンドリアの形状を取得しました。
(図1)核は細胞内で一番大きい構造物でありDNAが梱包されています。
ミトコンドリアは細胞活動のためのエネルギーを生産する機能を有しており代謝などの生化学反応に重要な場所です。
顕微鏡画像から3次元Volumeデータを作成し今回の計算に用いました。
(図2)細胞内の緩衝反応として10種類の物質と、24種類の生化学反応を設定しました。
Ca2+だけを通過させるチャネルを図2の矢印に示す細胞膜の一部に局在化させてCa2+を流入させてシミュレーションしました。
シミュレーション結果を図3に示します。細胞内のCa2+の緩衝反応を設定した場合(反応有で表示)は、生化学反応が無い場合(反応無で表示)に比べ細胞内Ca2+のみかけの拡散速度の低下がみられました。
これにより実際の細胞内に近いCa2+の動態をシミュレーションできることが示唆されました。
このRICSは細胞内の生化学反応や拡散などの細胞内での現象を場を考慮して計算することが可能です。
今後様々な細胞の機能をモデル化し、薬物反応や疾患の原因解明に活用可能なことを示していきたいと考えています。
さらに複数の細胞の塊が組織として機能するシステムについても検討できるツールにしていきたいと思います。
![]() 図1:共焦点レーザー 顕微鏡を使用して撮影 した細胞の断面画像 |
![]() 図2: 細胞の連続 断面画像から3次 元再構築した細胞 形状 |
図3:Ca2+濃度の時間変化(ボリュームレンダリング)
BioSupercomputing Newsletter Vol.4