京都大学理学研究科
(左から)高田 彰二、姚 新秋、検崎 博生
ほとんどの薬が効かなくなる多剤耐性は、院内感染やがん化学治療などで重大な社会問題を引き起こしています。この多剤耐性化にはいくつかの異なる機構があります。
院内感染で大きな問題となった緑膿菌の場合は、細菌膜に存在するRND型などの多剤排出トランスポーターの発現量が増え、抗生物質を菌外に排出してしまうことが主な原因となっています。
RND型の多剤排出トランスポーターは、細胞内外の酸性度(pH)の違いを利用してH+(プロトン)が移動することによって駆動され、その力を利用して薬剤を排出します。
大腸菌由来のRND型多剤排出トランスポーター「AcrB」の原子構造は、2002年および2006年に村上聡氏(現、東工大教授)らがX線結晶構造解析を使って解明しました。
2002年の構造解析では、AcrBは、同じ分子が3つ集合した3回対称性をもつ3量体をとることが明らかになり、2006年の構造解析では、それぞれの分子が膜のプロトン輸送と薬剤排出の機能をもち、AcrB3量体は非対称な構造をしていることが分かりました。
非対称なAcrB3量体構造の1つ目の分子では細胞内に向いた薬剤の入り口と思われる経路が開き(取込型)、2つ目の分子では薬剤が中央に結合し(結合型)、3つ目の分子では細胞外に向いた薬剤排出口が開いていた(排出型)。
村上らは、AcrB3量体の3つの分子がこの3つの機能状態を順に経由することで薬剤を排出していると考えました。
3つの分子が各々の状態を一段階変えていくごとに、構造全体ではちょうど120度回転したように見えることから、この薬剤排出のメカニズムを「機能的回転機構」と名付けました。
しかし実験系による検証実験が難しく、この仮説の実証はできていませんでした。
私たちは文部科学省の「次世代生命体統合シミュレーションソフトウエアの研究開発」プロジェクトの一環で、生体分子の粗視化分子シミュレーション技法の開発を独自に進めてきました。
本研究では、この新しい技法を適用して、多剤排出トランスポーターAcrBのゆらぎに起因する機能シミュレーションを行いました。
(1)AcrB3量体の機能的回転と薬剤排出:非対称なAcrB3量体構造のうち、薬剤が結合しているAcrB分子(図1左の青)に細胞外からプロトンが結合すると、薬剤が外側に排出され(図1中央)、それと前後して、ほかの2つのAcrB分子も状態を変化させて機能的回転が起こりました(図1右)。
これによりプロトン結合をきっかけに機能的回転が起こり、薬剤排出が生じうることが示されました。
(2)AcrB3量体の休止状態:非対称なAcrB3量体構造から薬剤を取り除くと、3回対称性をもつ構造が安定になることが分かりました。 この構造は2002年の構造に近いものです。 すなわち2006年の構造解析で得た構造はAcrB3量体が薬剤を排出している途中のスナップショットで、2002年の構造は薬剤がないときの休止状態にそれぞれ対応していると考えられます。
参考文献
Xin-Qiu Yao, Hiroo Kenzaki, Satoshi Murakami & Shoji Takada, Drug
export and allosteric coupling in a multidrug transporter revealed by molecular
simulations" Nature Communications. 1, 117 (8 pages) (2010)
![]() 図1:プロトン結合によるAcrBの薬剤排出と機能的回転 |
BioSupercomputing Newsletter Vol.4