BioSupercomputing Newsletter Vol.2

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研究報告
オイラー型流体・構造連成手法

杉山

東京大学大学院工学系研究科
(臓器全身スケール研究開発チーム)
杉山 和靖

人体の60%は水分で構成されています。臓器、血管、血球などの生体組織は柔らかい材質で構成されています。生命活動の維持には、体内の至る箇所において自律的で規則性のある様々な運動、輸送現象が関与しています。その中で、ミクロンオーダー以上の特性長さスケールを持つものは、連続体の運動とみなすことができ、流体力学、構造力学の基礎方程式に従います。応力特性の数理的表現は、流体と固体で大きく異なります。それらを一緒に扱い、力学的作用を結びつける解析を「連成」解析と呼びます。流体・構造連成シミュレーションは、医療現場において治療の効果を事前に予測し、治療の方針を与えうることから、その活用への期待が高まっています。さらに、生命現象の本質の理解、病気のメカニズムの解明など、生命科学分野における貢献も期待できます。

連成解析の数値手法は、主に工業製品を解析対象として大きく進歩してきました。それを基に、生体力学の数値的研究が数多く行われています。ただし、柔軟で、形状が複雑という生体組織の特徴に適した数値手法を追求することは、連成解析の合理化、汎用化を進める上で重要です。

既存の構造解析は、物体の形に応じてメッシュを生成し、その変形に従いメッシュを更新するラグランジュ型(物資点にのって方程式を記述)の手法に基づきます。工業製品のように設計図が与えられ、位置情報が正確にわかっている際には、メッシュ生成の自動化が可能な場合が多く、精度の高い計算を実現します。しかし、人体の場合には、設計図が存在せず、メッシュ生成の前に、まず、CTやMRIなどの診断装置から得られる医療画像を基に、血管や臓器の幾何情報を取得する必要があります。その形が複雑であるほど、また、計算で取り扱う系のサイズが大きいほど、メッシュ生成の自動化は困難になります。患者毎の医療画像に基づく連成解析を医療現場へ浸透させるには、メッシュ生成の専門家を雇わずに済むような、特殊な知識を必要としない解析手法が望まれます。

そこで、臓器全身スケール研究開発チームでは、メッシュ生成のプロセスを必要としないオイラー型(空間的に固定した点で方程式を記述)の連成解析手法の開発を行っています[1]。開発に際しては、基礎方程式の定式化から考えています。例を挙げると、固体の変形に関して、ラグランジュ法では、初期と現時点で、隣接する物質点の相対的な変化によってその程度を定量化することが可能(図1(a))なのに対して、オイラー法では、物質点を追跡しないため、その定量化に工夫が必要となります。私達は、変形を記述するテンソル量を各メッシュ上で定義し、その輸送式を解くことで、固体の変形を捉えています(図1(b))。

本オイラー型解析手法による解析例として、図2に示される多数の粒子を含む問題を取りあげます[2]。流体・固体の境界が時間変化する系をラグランジュ的に解析する場合、メッシュ生成、更新アルゴリズムに大変な工夫を要することになります。それに対して、メッシュ生成、更新の不要な本オイラー法を用いると、複雑な境界を持つ問題であっても、初期の固体体積率(計算格子に占める固体の体積割合)の分布(図2(a))が与えられていれば、連成解析を容易に実現します(図2(a)(b)(c))。

現実的な系の解析を行おうとすると、大規模計算が不可欠です。本オイラー型解析手法は、非圧縮性流体の標準的な計算アルゴリズムを基に連成解析を容易に実現する点が特徴です。並列化に際しては、これまで流体解析の分野で培われてきたノウハウが活用できます。これは、超並列計算を実現する上での大きなメリットです。本計算手法を次世代スーパーコンピュータに導入し、超並列計算を行うことにより、生体力学分野において計り知れない成果が得られると考えられます。例えば、図2に示した計算の規模やモデルを拡張することで、多数の赤血球が存在する条件で、血小板の吸着から血栓の成長、離脱までのプロセスの解析が可能となり、血栓症における力学的影響の理解が深まると期待されます。

参考文献
[1] 高木 周 (2009)“ 次世代スーパーコンピュータによる人体のシミュレーション,”数学セミナー, 48, 58−64.
[2] Sugiyama, K., Ii, S., Takeuchi, S., Takagi, S. and Matsumoto, Y. (2010)“Full Eulerian simulations of biconcave neo-Hookean particles in a Poiseuille flow,” Comput. Mech. (accepted).

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