BioSupercomputing Newsletter Vol.7

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研究報告
膵臓β細胞内インスリン顆粒動態
シミュレーション・モデル

玉置 久

神戸大学大学院システム情報学研究科
玉置 久
(細胞スケールWG)

 今日、世界的に糖尿病が激増しており、特にアジア人においては増加が著しくなっています。ここで、アジア人に見られる糖尿病は、インスリンの分泌不全によるいわゆる2型の糖尿病がほとんどです。健常者においては、膵臓細胞内のインスリン顆粒がゴルジ体で生成され、細胞膜に輸送された後、細胞外に分泌されますが、2型糖尿病では細胞内にインスリン顆粒は存在するものの、分泌が何らかの要因により阻害されてしまいます。この要因を明らかにし、適切に対処するためにも、膵臓細胞におけるインスリン分泌機構の解明が求められているところです。
 これまでにも、細胞膜におけるインスリン分泌機構について多くの研究がなされ、その解明が進んでいます。しかしながら、細胞内部での顆粒動態メカニズムについてはほとんど未解明であるというのが現状です。我々は、近年観察可能になったグルコース刺激後のインスリン顆粒動態の部分的な観察結果と生物学的知見から、膵臓細胞内インスリンの顆粒動態シミュレーション・モデルを作成し、インスリン顆粒分泌において見られる典型的な現象を再現することによって、インスリン顆粒動態に関する新たな知見獲得へのアプローチを試みています。
 インスリン顆粒の動態、すなわち膵臓細胞内部で生成されたインスリン顆粒が細胞膜まで移動して分泌されるといった過程で、顆粒が細胞骨格に沿って運動すると考えられています。そこで、シミュレーション・モデルの構築に際しては、膵臓細胞の骨格・顆粒の動態原理を踏まえ、4つの段階、すなわち顆粒生成部、内部層、外部層および顆粒分泌部に分割して考えています(図1)。
 再現を目指す現象については、インスリン顆粒分泌の過程を大きく、(1)第Ⅰ相…グルコース刺激に伴って現れる急峻な分泌、(2)第Ⅱ相…グルコース刺激の後に現れる穏やかな分泌、(3)第Ⅲ相…基礎分泌と呼ばれる持続的でわずかな分泌、からなるものと捉えた上で、健常者、糖尿病患者、投薬時に見られる分泌の典型的特徴として、(a)健常者…第Ⅰ相、第Ⅱ相および第Ⅲ相が現れる、(b)糖尿病患者…第Ⅰ相が現れない、(c)投薬時…第Ⅰ相と第Ⅱ相がともに強く現れる、といった分泌パターンに注目し、これらの典型的パターンを有する分泌過程の再現を目標としています。
 シミュレーションの一例として、図2に、健常者と糖尿病患者を想定した二つのケースに対する結果を示します。ここで、ケース1とケース2におけるパラメータ設定の差異は、グルコース刺激下での顆粒分泌部における顆粒分泌数のみですが、実際に観測されるような2相性を持つインスリン分泌(ケース1)および第Ⅰ相が生じないインスリン分泌(ケース2)を再現できていることが確認されます。
 現在、投薬時に見られるインスリン顆粒分泌の様子を再現するパラメータ設定を模索中です。これに加えて、典型的な分泌パターンを再現するようなシミュレーション結果を拡充し、各々のパラメータ設定が動態と分泌に及ぼす影響について、より詳細な検討を進めることも肝要であると考えています。さらには、膵臓β細胞内での顆粒動態の実測データ(かなり制限的・断片的なものになるでしょうが)に基づくパラメータ設定、シミュレーション・シナリオの充実、代謝系のシミュレーションとの連係によるシミュレーションの精緻化などについても検討を進めていきたいと思っています。

インスリン顆粒動態モデルの概略

図1:インスリン顆粒動態モデルの概略

シミュレーション結果

図2:シミュレーション結果

BioSupercomputing Newsletter Vol.8

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